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横浜地方裁判所 昭和38年(ワ)1188号 判決 1964年12月23日

原告 野木スイ

被告 諏訪朝雄

主文

被告は原告に対し金一六五、五九五円およびこれに対する昭和三九年一月二六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三九一、六九五円およびこれに対する昭和三九年一月二六日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

原告は昭和三八年四月一七日午後七時頃肩書地の自宅に帰るため、横浜市鶴見区馬場町一二九番地先を鶴見方面から菊名方面に向い道路左端を歩行していたところ、被告が、その勤務先である横浜市中区根岸台にある米海軍住宅管理部から肩書地自宅に帰るために、被告所有の乗用自動車(神5そ八三六二)を操縦して、同所附近を同方向に運行してきたとき、被告により右自動車のフロントフエンダー左側部を原告に接触させられ、よつてその場に転倒せしめられ、左肩胛関節部脱臼兼左上腕骨々折及左上肩胛関節血腫、脳震盪症、顔面挫創、腰部左大腿挫傷兼皮下血腫、左前腕手部挫創の全治約四ケ月を要する重傷を負わされたものである。

被告は、自動車損害賠償保障法第三条の規定に基づき右事故に因り、原告の蒙つた損害を賠償する義務を負うものであるが、その損害は次のとおりである。

(1)  金二〇、四三五円

但し昭和三八年四月一七日より同年六月一五日迄の医療法人平和会平和病院に入院治療した費用等合計金二〇四、六二〇円のうち自動車損害賠償保険契約の仮渡金一〇〇、〇〇〇円、および被告の支払金三〇、〇〇〇円を控除した金額のうち、

(2)  金二〇、〇〇〇円

但し、昭和三八年六月一六日より同月末日まで湯沢温泉入湯治療費。

(3)  金一五、九九〇円

但し、昭和三八年七月一日より同年一〇月三一日までマツサージ治療費。

(4)  金四五、二七〇円

但し、原告は神奈川県営の川崎競馬場及び花月園競輪場並びに川崎市営の川崎競輪場に臨時従業員として登録され、その開催中は右事業所に勤務し、その従業中はいわゆる特別職の臨時地方公務員の地位にあつたところ、右事故による負傷のために就労できなかつた期間の得べかりし報酬。(川崎競馬場開催日、四月一八日、四月二九日から五月四日まで、五月一二日から同月一六日まで、六月二三日から同月二七日まで、花月園競輪場開催日、四月二五日から同月二七日まで、五月九日から同月一一日まで、五月一九日から同月二一日まで、六月九日から同月一一日まで、六月二〇日から同月二二日まで、以上一日金九四〇円。川崎競輪場開催日、五月九日から同月一一日まで、五月一九日から同月二一日まで、五月三〇日から六月一日まで、六月一六日から同月一八日まで、六月三〇日から七月二日まで、以上一日金一、〇一〇円。)

(5)  二五〇、〇〇〇円

但し右事故に基く負傷によつて多大の精神的苦痛を受けたためこれに対する慰藉料。

(6)  金四〇、〇〇〇円

但し、本件訴訟提起のため、弁護士島田正純に支払つた東京弁護士会弁護士報酬規定第九条による一割ないし三割の範囲内である着手金。

よつて原告は、被告に対し、以下合計金三九一、六九五円及びこれに対する昭和三九年一月二六日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として、原告主張の事実中被告が運転する原告主張の自動車が原告主張の日時場所において原告に接触した事実は認めるが、原告がその主張のような傷害をうけたこと及び損害を蒙つたことは知らないと述べ、さらに本件事故は、被告が所有者三木清から本件自動車を借りて自宅へ帰る途中発生したものであるが、そのとき被告は時速約一〇キロの速度でかつ前方に注意して進行していた、仮に、被告に過失があつたとしても、原告にも過失があつたから、損害賠償額を定めるにつきこれを斟酌すべきである、と主張した。

証拠<省略>

理由

原告主張の日時場所で、被告が勤務先である中区根岸台の米海軍住宅管理部から肩書自宅へ帰るため運転した乗用自動車(神5そ八三六二)と、原告とが接触したことは当事者間に争がない。

原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一号証と原告本人尋問の結果によれば、右事故によつて原告が左肩胛関節部脱臼兼左上腕骨々折及左肩胛関節血腫、脳震盪症、顔面挫創、腰部大腿挫傷兼皮下血腫、左前腕手部挫創の全治約四ケ月を要する重傷をうけたことが認められ、この認定を覆すことのできる証拠はない。してみれば被告は自動車損害賠償保障法第三条に基づき、右事故によつて原告の蒙つた損害を賠償すべきであるから、その損害について判断する。

(1)医療法人平和会平和病院における入院治療費について

証人野木基夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし四、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第一一号証並びに証人野木基夫の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が本件事故による負傷のための入院治療として医療法人平和会平和病院から請求を受けた金額は金二〇四、六二〇円であつたが、原告は、原告と病院の特別な関係から、右金額を金一五〇、四二五円に縮減々額されて、このうち金二〇、四三五円を支払つたことが認められるから、右金額は、本件事故によつて原告の蒙つた損害であると解す。

(2)  湯沢温泉入湯費について

原告本人尋問の結果によれば、原告は前記病院を退院後二週間湯沢温泉に入湯治療のため滞在し、その費用として金二〇、〇〇〇円を要したことが認められる。ところで、骨折負傷後の入湯はかかる期間内であれば必要且つ妥当な治療方法というべきであるから、原告は同額の損害を蒙つたものというべきである。

(3)  マツサージ治療費について

原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第二号証の五及び原告本人尋問の結果から、原告は本件負傷の治療のためマツサージに通いその費用として金一五、九九〇円を支出している事実が認められ、右マツサージ治療も必要且つ妥当な治療というべきであるから、原告は同額の損害を蒙つたものと認める。

(4)  得べかりし賃金の喪失について

原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第三号証の一ないし三及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故発生当時川崎競馬場・花月園競輪場・川崎競輪場の各事業事務所に臨時従業員として登録せられ、その開催中は右事務所に勤務しており引続き就労勤務し得る地位にあつたこと、及び本件事故による負傷のために右労務に服することが可能となるまでの期間内に開催された川崎競馬場における四月一八日、四月二九日から五月四日まで、五月一二日から同月一六日まで、六月二三日から同月二七日まで(以上一日九四〇円)花月園競輪場における四月二五日から同月二七日まで(以上三日間合計賃金二、八二〇円)、五月九日から同月一一日まで(以上三日間合計賃金二、七八〇円)、五月一九日から同月二一日(以上三日間合計賃金二、七八〇円)六月九日から同月一一日まで(以上三日間合計賃金二、八八〇円)、六月二〇日から同月二二日まで(以上三日間合計賃金二、八八〇円)、川崎競輪場における五月三〇日から六月一日まで、六月一六日から同月一八日まで、六月三〇日から七月二日まで(以上一日一、〇一〇円)の各期日に勤務することができず得べかりし賃金合計金三九、二一〇円を失つたものと認められる。しかし原告は、花月園競輪場における賃金として一日金九四〇円の割合で請求するから被告は右割合で算出した合計金三九、一七〇円を原告に支払うべきである。

なお原告は川崎競輪場の開催日であつた五月九日から同月一一日まで、五月一九日から同月二一日までの得べかりし賃金六、〇六〇円についても損害を蒙つたと主張するが、前示証拠によれば右川崎競輪場の開催日は、花月園競輪場の開催日と重複していることが認められるところ、かような場合特別な事情の主張立証のない本件にあつては、原告が同時に二つの競輪場から賃金をえられると認めることができず、またその場合原告が賃金の高い川崎競輪場の方へ就労できたと認める証拠がないから右主張は採用できない。

(5)  慰藉料について

原告本人尋問の結果によれば、原告は前認定の如き傷害によつてかなり精神的苦痛を受けたこと、なお若干の後遺症もあることが認められるから、右負傷の部位程度、原告の年令・性別の他諸般の事情を綜合すれば、右精神的苦痛に対する慰藉は金一〇〇、〇〇円をもつて相当であるとする。

(6)  本件訴訟提起のための弁護士費用について

原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば原告は東京弁護士会所属の弁護士島田正純に本件訴訟提起追行のため東京弁護士会弁護士報酬規定の範囲内である金四〇、〇〇〇円を着手金として支払つた事実が認められるが、不法行為に基づく損害賠償請求における訴訟提起追行のために要した弁護士費用は当該不法行為によつて通常生ずべき損害と解することはできないし、また被告の訴訟追行が不当応訴であるとの主張立証のない本件にあつては、右金員が本件事故による原告の損害とみることはできない。

そこで進んで被告主張の過失相殺につき判断するに、成立に争のない甲第四号証の二、甲第五号証並びに原告及び被告本人尋問の結果によれば、本件事故発生現場の道路は歩車道の区別なく、原告はその道路の進行方向左側を歩行していた事実(左側を歩行していたことは、原告の自認するところである)が認められ、かかる場合原告としては、道路右側を歩行するいわゆる対面交通をなすべき義務があるのにそれをせず、若干原告が右側を歩行していたならば本件事故が発生しなかつたものと推認できるから、本件事故発生については原告にも過失があるといわなければならない。この原告の過失を斟酌するときは、被告は原告に対し前記損害金合計一九五、五九五円中金一六五、五九五円支払うをもつて相当とする。

以上のとおり被告は原告に対し、金一六五、五九五円およびこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三九年一月二十六日から右金員完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、右認定の限度において正当としてこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条本文を、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二)

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